「こころ」の使い方が「からだ」を作る

「こころ」の使い方が「からだ」を作る

感情を手放せば、あらゆる不調は癒しの方へと動き始めます。体の手当てだけでは届かぬ深さに、人の「こころ」と「からだ」の本当の関係があります。そして、その深さを知った人から、体は驚くほど癒え始めます。「心の使い方が体を作る」という、たった一つの真理があります。

体の不調は「こころ」からのお知らせ

体の不調が現れると、多くの人は、まず不安になります。「どうしてこんなことになったのか」「早く消えてほしい」「元の自分に戻りたい」。そう思うのは、ごく自然なことです。しかし、ここで一つだけ、見方を変えてみてください。

体の不調は、あなたを罰するために現れたのではありません。あなたを責めるためでも、人生を止めるためでもありません。むしろそれは、あなたの体がずっとあなたを守り続けてきた証であり、「もうこれ以上、自分を後回しにしないでくれ」という、深い愛の知らせなのです。

体は、あなたが思っている以上に賢い存在です。あなたが言葉にできなかった悲しみも、飲み込んできた怒りも、誰にも見せなかった寂しさも、笑顔の奥でこらえてきた疲れも、体はずっと知っています。あなたが「大丈夫」と口にした日も、心の奥では大丈夫ではなかったことを、体だけは気づいています。

あなたが頑張りすぎる時、体は小さな違和感として知らせます。休んでほしい時は、眠気や重さとして伝えます。本音を無視している時は、胸の苦しさや息の浅さとして教えます。それらはすべて、敵からの攻撃ではありません。

あなた自身から届いた、優しい呼びかけです。ですから、不調が出た自分を責めてはいけません。体が弱いからではありません。心が弱いからでもありません。あなたがここまで一生懸命に生きてきたからです。

誰かの期待に応えようとした。嫌われないように気を使った。悲しくても笑った。限界なのに、もう少しと頑張ろうとした。その積み重ねの中で、体はあなたの代わりに声を上げてくれているのです。「もう少し自分に戻っていいのですよ」「もう本当の気持ちを聞いていいのですよ」「もう、愛されるために無理をしなくていいのですよ」と。

ここで大事なのは、不調を恐れすぎないことです。体を敵にしないことです。体に向かって「どうしてこんなことをするのか」と責めるのではなく、「知らせてくれてありがとう」と声をかけてあげるのです。この一言だけで、内側の張り詰めは少しずつ解けていきます。体は、攻められるよりも理解された時に安心します。戦われるよりも、味方として扱われた時に、本来の力を取り戻していきます。

不調とは、新しい生き方へ戻る合図です。もっと軽く生きていいという合図、もっと自分に優しくしていいという合図、もっと本音を大切にしていいという合図なのです。

感じきれなかった感情を認めてあげる

感情というものは、本来、流れるために生まれてきます。悲しい時には悲しみとして、悔しい時には悔しさとして、寂しい時には寂しさとして、体の中を通り抜けていくものです。しかし、人は大人になるほど、感情を止めることを覚えていきます。泣いたら迷惑をかける。怒ったら嫌われる。弱音を吐いたら情けない。こんなことで傷つく自分が悪い。そうやって、本当の気持ちに蓋をして、何もなかったように日常へ戻ろうとします。

しかし、あなた、感じなかった感情は、消えるのではありません。心の奥、体の奥で、まだ消化されないものとして残り続けます。本当は悲しかったのに笑ってごまかした日、本当はつらかったのに「大丈夫です」と言った日、本当は助けてほしかったのに一人で抱え込んだ日。その瞬間、あなたはとても頑張っていました。誰かを責めないように、自分を保とうとしていました。その姿は、本当に立派です。

しかし、体は正直です。言葉ではごまかせても、体は、その奥にある震えをちゃんと知っています。胸の奥が重くなったり、肩に力が入ったり、息が浅くなったりする時、それは、「体がまだ感じきれていないものがあるよ」と優しく教えてくれている合図です。

ここで大事なのは、その感情を悪者にしないことです。怒りが出る自分を責めなくてよいのです。悲しみが残っている自分を未熟と思わなくてよいのです。不安になる自分を否定しなくてよいのです。感情は、あなたを苦しめるためにあるのではありません。

あなたの本音の在りかを教えるために現れるのです。怒りの奥には、大切にされたかったという願いがあるかもしれません。悲しみの奥には、本当は愛したかったという思いがあるかもしれません。寂しさの奥には、つながりたかったという純粋な祈りがあるかもしれません。

感情を手放すとは、無理に明るくなることではありません。つらい気持ちを消そうとすることでもありません。ただ、「わたしは今こう感じていたのだな」と認めてあげることです。胸に手を当てて、こう声をかけてあげるのです。

「我慢してくれてありがとう」「気づかなくて、ごめんね」「もう感じてもいいんだよ」と。その瞬間、止まっていた内側の気が、少しずつ動き始めます。固まっていたものが解けるように、体の奥にあった張り詰めが、ゆっくりと緩んでいきます。

人は、感情を感じたから壊れるのではありません。感じてはならないと長らく押し込め続けた時に、本来の自分から離れてしまうのです。ですから、今日から少しずつ、自分の感情を迎えに行ってあげてください。どんな感情も、あなたの中から生まれた大切な声です。ちゃんと見つけてもらえた感情は、もう体の中で叫び続ける必要がなくなります。そして体は、ようやく本来の軽やかさを取り戻し始めます。

涙を止めずに流してあげる

涙が出る時、人はついつい、「ああ、わたしはまだ弱いのだろうか」と思ってしまいます。しかし、本当はまったく逆です。涙は、あなたが弱い証ではありません。涙とは、あなたの心と体が、もう古い重みを抱え続けなくてよいと判断した時に起こる、とても自然で美しい解放の働きです。

ずっと胸の奥にしまっていた記憶、言葉にできなかった悲しみ、誰にも見せずに耐えてきた苦しみ、無理に笑って通り過ぎてきた日々。その全てが、涙という形で体の外へと流れ出ていきます。

人は、涙を止めることを強さだと思い込んできました。しかし、体の側から見れば、涙を流すことは、内側に溜まっていた張り詰めを緩める、とても大事な働きです。泣いた後、なぜか少し眠くなったり、体がふっと軽くなったり、深く息を吐けるようになったり。そういう経験は、あなたにもあるでしょう。それは、「あなたの体が、もう少し楽になれたよ」と知らせてくれているのです。

涙は、ただ悲しみを表すものではありません。時には、安心した時にも涙は出ます。誰かの優しさに触れた時、張り詰めていた糸が緩んだ時、もう頑張らなくてよいと感じた時、人は自然と涙を流します。それは、体の奥に残っていた古い思い込みが書き換えられる瞬間です。

「わたしは我慢しなければ愛されない」「弱さを見せたら見捨てられる」「一人で抱えなければならない」。そういう昔の思い込みが、涙と共に少しずつ解けていきます。そして、その開いた場所に、新しい安らぎが入ってきます。「わたしはちゃんと守られている」「わたしは受け取っていい」「わたしはそのままで大切にされていい」。

涙が出る時は、止めようとしなくてよいのです。ただ静かに、「出てきてくれてありがとう」と受け入れてあげてください。涙は、あなたを過去に引き戻しているのではありません。過去に置き去りにしてきた自分を、今のあなたのぬくもりで迎えに行っているのです。

許しの本当の意味を知る

「許す」という言葉を聞くと、少し苦しくなる人もいるでしょう。なぜなら、許すことを、「ひどいことをした相手を認めること」「傷ついた自分が我慢すること」「なかったことにすること」と感じてしまうからです。

しかし、あなた、本当の許しとは、相手のためにするものではありません。相手の行いを正しいことにするためでもありません。許しとは、自分の命を、過去の出来事から取り戻すことです。自分の心と体を、もうその記憶の鎖から解き放つと決めることです。

ここをよく聞いてください。誰かに傷つけられた記憶は、頭の中だけに残るのではありません。思い出すたびに胸がぎゅっとなる、体に力が入る、息が浅くなる。それは、体がその出来事を、まだ終わっていないものとして感じている証です。

何年も前のことであっても、心の中で何度も思い出し、何度も悔しさを感じていれば、体は今もその場にいるように反応してしまいます。ですから、許しとは、記憶を消すことではありません。体に、「今は安全だよ」と教えてあげることです。

ここで大事なのは、無理に許そうとしないことです。痛いのに「許さなければ」と自分を追い込まなくてよいのです。傷ついた自分を置き去りにして、綺麗な言葉だけでまとめなくてよいのです。本当の解放は、まず自分の気持ちを認めるところから始まります。

「わたしは悲しかった」「わたしは悔しかった」「わたしは大切にされたかった」「わたしは分かってほしかった」。そうやって、自分の本音に光を当てた時、心の奥に閉じ込めていた力が、少しずつ戻ってきます。

そして、はっきりと言っておきます。許しとは、相手を再びあなたの人生に入れることではありません。無理に仲良くすることでも、便りを送ることでも、距離を縮めることでもありません。むしろ、必要ならば静かに離れてよいのです。境界線を引いてよいのです。「もう同じ場所に自分を戻さない」と決めてよいのです。許しとは、相手に近づくことではありません。自分自身に深く戻ることです。

「わたしはもう、この出来事に自分の生命の気を渡し続けない」と決める。それは、本来の自分への帰還です。その決意が生まれた時、体の奥にあった張り詰めが、少しずつ解けていきます。過去に向かって流れていた気が、今の自分のために戻ってきます。その気は、眠りの深さになり、息の柔らかさになり、表情の明るさになり、今日を生きる力になっていきます。

今日、すべてを一気に許せなくてよいのです。ただ、こう決めてみてください。「わたしは、わたしを苦しめ続ける生き方から、少しずつ自由になる」。相手のためではありません。あなたの体のため、あなたの未来のため、あなたの本来の輝きのためにです。許しとは、負けることではありません。自分の光を取り戻すことです。

体に優しい言葉をかける

朝、目を覚ました時、あなたは体に何と声をかけているでしょうか。「ああ、また体が重い」「節々が痛い」「もう年だ、どうしようもない」。そういう言葉を、無意識に口にしていないでしょうか。しかし、あなた、体は、あなたの言葉をすべて聞いています。

そして、その言葉のとおりに忠実に反応します。「重い」といえば、体はますます重くなる。「もう年だ」といえば、体はますます老いる。「治らない」といえば、体は癒える働きを止めてしまう。これは例えではありません。人の体は、目には見えぬ気で動いています。その気は、あなたの言葉によって確実に動かされます。

ですから、今日から、体への言葉をはっきりと変えてください。朝、目を覚ました時、こう声をかけてあげるのです。「今日も動いてくれてありがとう。ここまでよく連れてきてくれた。これからも共に歩もう」。夜、布団に入る時、こう声をかけてあげるのです。

「今日もよく働いてくれた。ゆっくり休んでくれ。明日もよろしく頼む」。たったそれだけの言葉が、あなたの体の中で確かな変化を起こします。なぜなら、体は、責められるよりも感謝された時に、本来の癒える力を取り戻すからです。戦われるよりも、味方として扱われた時に、本来の備えが目を覚ますからです。

そして、体の中の特定の場所に痛みや不調があるなら、その場所にも声をかけてあげてください。胸の痛みがあるなら、胸に手を当てて、「よく頑張っているね」と声をかける。腰の重みがあるなら、腰に手を当てて、「すまないね、よく支えてくれて」と声をかける。

これは決して、気休めではありません。体の隅々まで温かい気を送る、最も確かな道です。長らく自分の体を粗末にしてきた人ほど、この習慣を始めた時の効きは、とても大きいのです。

安心という土台を自分の中に作る

人の体は、安心の中でしか、本当の癒える働きをしません。恐れや張り詰めや不安の中にいる限り、体は常に身を強張らせています。身が強張っている時、体は、敵と戦うことに気を使い、自らを癒すことに気を回せません。ですから、安心の中に身を置くこと、これが癒しの、最も根本の土台です。

しかし、ここで多くの人がつまずきます。「安心」と言われても、現実が安心できない。お金の不安、家族の不安、明日の不安。どうやって安心せよというのか。確かに、外の世はいつも揺れています。外の世が完全に安全になることは、決してありません。しかし、あなた、本当の安心は、外から来るものではありません。自分の内側に安心の土台を作るという、心の働きから来るものです。

その土台の作り方は、とても素朴です。一日に一度、こう声をかけてあげるのです。「今、わたしは生きている」「今、わたしは息をしている」「今、わたしの心臓は休まず動いている」「今、わたしはここにいる」。たったそれだけのことを、自分に確かめてあげる。これが、最も深い安心の土台です。

なぜなら、過去がどうであろうと、未来がどうであろうと、今生きているという事実だけは、揺るがないからです。その揺るがぬ事実の上に立つ時、人は本当の意味で安らぐことができます。そして、その安らぎの中で初めて、体は本来の癒える働きを、ゆっくりと再開します。

六つの心がけ

もちろん体に明らかな不調があるなら、しかるべき手当てを受けることは、自分を大切にする立派な選択です。しかし、その手当てに加えて、心の使い方を変えることで、あなたの体の癒える力は、何倍にもなります。医療を頼る手当ては、外からの助けです。心の使い方は、内からの癒しです。この内と外の両方を整えた時、人の体は、本当の意味で本来の備えを取り戻します。

最後に、これだけは伝えておきたいのです。あなたの体は、今日もあなたの味方です。心臓は休まず動いています。息は止まらず巡っています。体の隅々の細胞が、一瞬一瞬、あなたのために働いてくれています。その体に対して、あなたはどう接してきたでしょうか。攻めてきたでしょうか。文句を言ってきたでしょうか。「もうダメだ」と諦めてきたでしょうか。

しかし、今日から、それを変えるのです。体を、あなたの最も近い味方として、丁寧に扱ってください。感情を、あなたの本音の案内人として、優しく迎えてください。涙を、解放のための尊い働きとして、流してあげてください。過去への執着を、少しずつ手放してください。体に温かい言葉をかけ続けてください。

そして、今生きているという揺るがぬ事実の上に、安心の土台を築いてください。この六つを続けていけば、あなたの体は、必ず本来の癒しの力を取り戻し始めます。これは奇跡ではありません。天地の理です。そして、わたしが自分の命をかけて確かめてきた、揺るがぬ事実です。

あなたの体は、あなたが思っているよりも、ずっと賢く、ずっと優しく、ずっと愛に満ちています。その体を信じてください。その体に感謝してください。その体と共に、これからの人生を、軽やかに、しかし力強く歩んでいってください。

あなたの体は、あなたと共にあります。そして、あなたの本来の癒しの力は、あなたの中に確かに眠っています。今日から、それを目覚めさせてください。すべては、ここから始まるのです。

中村天風/自然治癒力

【本コラムの監修】

恵比寿院長

HARRNY 院長/鍼灸師 菊地明子

・経歴
大学卒業後、美容の世界に入り、セラピストへ。豊富な美容知識や実務経験を活かし、その後、10年間は大手企業内講師として美容部員やエステシャンの育成、サロン店舗運営のサポートを行う。現在は、セラピスト、エステティシャン、美容カウンセラー、鍼灸師の経歴を活かし、お肌とこころと身体のトータルビューティースタイルを提案。表面だけでなく根本からのケアとして、老けない生活についてのコーチングを行う。

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