
名前のない猫という絵本をご存知でしょうか。主人公の猫は名前がなく、名前が欲しくてたまりませんでした。靴屋の猫にも、本屋の猫にも、街中のすべての猫に名前があるのに自分だけは名前がなかったのです。主人公の猫は、名前が欲しくて町中を自分の名前を探して歩き回りましたがどれもしっくりきません。汚い野良猫だと追い払われて孤独を感じていると一人の少女が猫に声をかけました。その時主人公の猫は気づいたんです。欲しかったのは名前ではなく名前を呼んでくれる人なんだと。
名前がない状態というのは自分が存在しているのか、していないのか分からない宙ぶらりんな状態であると言えます。主人公の猫のように、私たちの日々の感情の中には、複雑で微妙で何とも名づけいいものがあります。自分でも理由が分からずなんとなくむしゃくしゃする、気分が晴れずにネガティブに考えてしまう、そんな名前のない感情を抱え込んでしまう日はありませんか。そんな 時、多くの人が不機嫌になってしまいます。人に嫌味を言ったり、汚い言葉を吐いてしまう方もいらっしゃることでしょう。
そのような行動の根底には名前のない感情のわだかまりが存在しているのです。主人公の猫と同じように、そのような皆さんの名前のない感情は誰かに呼んでもらえるのを待っています。そして自分の感情に気づき、その名前を呼んであげられるのは自分だけです。そこで是非とも自分は不機嫌だなぁと気づいた時は、その感情に名前を与えてあげましょう。
例えば仕事が滞っていて焦っているなと分かったら、その感情に仕事をムリムリ症候群というユーモアに富んだ名前をつけてあげる効果的です。そうやって面白い名前をつけてあげるだけで不機嫌な感情はどこかに飛んで行ってしまうものです。自分で自分をしっかりと見つめて、自分が今抱えている不機嫌の現状がわかると対処法も自ずと見えてきます。対処法が見えれば、それだけでイライラや不安は小さくなっていくでしょう。
私たちは生きていく中で楽しかったり、嬉しかったりといったプラスの感情だけを持って生きられるわけではありません。当然悲しかったり、悔しかったり 妬ましかったりといったマイナスの感情に支配されてしまうこともあります。そのようなマイナスの感情を否定せずに、自分は今そういう状態なんだなと引き受けてあげるだけで構いません。名前のない猫のように不機嫌な感情の存在に気づいてあげるだけで、その感情は救われます。
心の動きを理解する
人は多かれ少なかれ、イライラしたり、焦ったり、不満を持ったり、後悔をしたりとこうした感情を抱いて日々生きています。そんな時、人は一般に外の世界に答えを求めます。新しい何かを手に入れれば、その問題は解決できると思うからです。
例えば上手くいかない時に限って腹の立つ出来事が起こる、イライラしていると小さなことでも目につきますし、いつもより余計に腹が立ちます。しかも時間が経っても何かと思い出しやすかったり、思い出すことでまた腹が立ちます。このように絶え間なく動き続ける心が人間の悩みを作り出しています。この心の動きを止めない限り悩みは一向に解消されません。そしてこの心の動きを止めるためには、心の動きを理解することが欠かせません。
人の感情は全て合わせ鏡
どんな人にでもできることもあれば、できないこともあります。これはごくごく自然なことです。できる、できないという体験を繰り返して心を育み、いろんなことを学んで成長していく。それが人生です。ですが私たちの頭はできない≒自分に存在価値がないと解釈しがちです。
できなかった、間違えた、役に立たらなかった、そうした過去の体験も存在価値の喪失そのものとして捉えてしまいます。そのような中で、こんな自分を何とかしなければと抵抗していると、ダメな自分の姿を何度も繰り返し見せられることになるわけです。その結果、自分のことが嫌いになってしまいます。このように過去にできなかったことや認められなかったことを受け入れられず、いつまでも苦しんでしまう人はいませんか?
そのような幸福を遠ざける自分の性格をどうすれば手放し、幸福を手に入れることができるのでしょうか。そのために意識していただきたいのが、目に移る全てのものはメッセージであり、人生に登場する人物は全員あなた自身であるという 考え方です。
これはスピリチュアルな話ではありません。そうではなくて、皆さんが見て感じているものは全て合わせ鏡になっており、そこに自分自身が反映されているということです。皆さんの中に、人のすることが気になって仕方がない、あの人のすることにいつもイライラしてしまう、なぜあの人は自分に嫌なことばかりするのかと悩んでいる人はいませんか?
職場や家庭などでうまくいかなかったり、相手のことが許せない、意見や価値 観が合わないと言って苦しんでいることもあると思います。相手を変えることはできない、自分とは違うから仕方がないと割り切ったとしても、やはり嫌なものは嫌です。ですがご安心ください、なぜ相手のことが嫌なのかは、合わせ鏡という仕組みを使うことで説明することができます。
実は、皆さんの目の前にいる相手は、自分の内側の状態や課題を移し出している鏡です。例えば相手にイライラするのは、自分が自分自身にイライラしている証拠です。相手にがっかりするということは、自分が自分にがっかりしているということです。相手のここが許せないのは、自分の中の同じ部分が許せないことの反映です。
もちろんだからと言って相手が悪くないわけではありません。相手が自分に悪意を持って悪いことをしてきた場合は、当然相手のことを好きではいられません。しかしこの話は、現実的な善悪とは別の話として捉えましょう。目に見えない合わせ鏡という仕組みの上では、皆さんの目の前にいる人間は、あなたの内側の状態を目に見える形で演じてくれる役者に過ぎません。同様にあなただって相手の合わせ鏡の中で何かを演じている役者の1人ということになります。
なぜ、相手≒自分という合わせ鏡が成り立つのか?例えば世の中には、真面目な人と不真面目な人がいます。この真面目と不真面目は表利一体の関係であり、この世界に必ずペアで存在しています。仮にあなたが真面目で、相手が不真面目だったとしましょう。それだけでは相手と自分が同じとは言えません。むしろ逆に見えるでしょう。
しかし、それはあくまで人間の表の部分に限ったことです。あなたの真面目は裏で不真面目が支えています。そして相手の不真面目は、裏で真面目が支えています。両者は表の部分だけ見れば異なっていますが、全体で見れば同じです。その時々で、どちらを表現しているかが違うだけです。もしも、あなたが相手の不真面目な態度にイラっとしたとしたら、それは相手ではなく自分の内側にある不真面目な要素にイラっとしたことなのです。
不真面目ではダメだと、あなたが自分の裏側に閉じ込めていたものを目の前の相手を通じて見せられたというわけです。逆に不真面目な相手があなたの真面目さにイラっとしたとしたら 、それは相手の内側にある真面目なんてかっこ悪いという思いを、あなたを通じて見せられていることになります。自分と相手は表に見えているものが違うだけで、その表面の違いとは、単なる役割の違いに過ぎません。この世界にはあなたと全く同じ人間は1人もいませんが、表と裏をぴったり合わせたら、どんな相手でもあなたと同じです。
実は、この合わせ鏡の考え方は、空間や時間にも応用することができます。相手と自分だけではなく、この世界にある自分とそれ以外のものは全て合わせ鏡です。家族や友達など身近な人たちの言動も、テレビやネットの気になるニュースも映画も、どの空間で起こっていることでも決して人生とは無関係ではありません。あなたが気になる出来事や現象は、あなた自身が内側に抱えるテーマと必ず一致しています。
例えば、世界で起きていることのうち、どんなニュースに最も敏感に反応するでしょうか?戦争のニュースに強く反応する人は、自分の内側に戦争を極度に拒否するような慎重で臆病な性質があるということです。また芸能人のゴシップばかりを見ている人は、自分の中に他人を妬む気持ちや羨む気持ちなどが混在しているということでしょう。
このようにどこをどのように切り取っても自分の内側にあるテーマが世界に移し出されています。あるテーマが気になり、感情を動かされるは偶然ではありません。今のあなたの状態がそうだからこそ、世界のそういった部分に注意が集まります。
また、空間だけでなく時間とも合わせ鏡の関係があります。これは過去、現在、未来のどの時間の出来事や現象も、全て同じ1つの流れの中にあるということです。皆さんが生まれた時の状態は、今の自分の状態につながっていて、それは皆さんが人生を終える時の状態とも繋がっています。
皆さんが過去に封印した感情は、今の自分の心の中にも封印されています。そしてそれは未来の自分の心の中にも封印され続けます。納得できない過去のわだかまりは今の自分に残り、納得できない未来へとつながっていきます。過去から未来へと流れる全ての時間で起こることは無関係ではありません。
どんなに見た目は異なっていても、全ては同じテーマを持つ合わせ鏡の関係です。同じテーマに沿った出来事が合わせ鏡の仕組みで、過去から未来へと自動的に繰り返されます。この流れはやり方や行動、努力だけでは変えることができません。
例えば今の自分の状態が不安だからと言って、その不安を見つめないまま頑張って未来を変えようとするとどうなるでしょうか。この先もずっと不安に怯えながら、不安と安心との間をシーソーのように揺れ続けるだけです。つまり今のあなたが不幸であるのならば、未来も不幸だということです。
たまに訪れる束の間の幸せは、あなたが本当に得たいと願った幸せではありません。では幸せになるための努力をしても意味がないのかというとそういうことを言っているわけではありません。未来を変えようと立ち向かう前に、あなたのどんな思考パターンが自分を苦しめているのかを探ることが先結です。そうすれば皆さんの未来は変えることができます。
不幸を引き寄せる思考パターンを手放す方法
うまくいかない時は立ち止まる
目の前に起こる現象や世界の出来事は、全て合わせ鏡になっています。この考え方に立てば、この世界には偶然も奇跡もありません。目の前に起きている出来事は、全てあなたの内側の状態が形となって表現されたものです。例えば皆さんは咳が出たり熱が出たりすると、もしかしたら風邪かと予測できます。
このように外側のトラブルが内側のトラブルを教えてくれているのです。この仕組みがあるおかげで、私たちは命を救われることもあります。多くの人は人間関係や仕事の問題、健康などのトラブルが発生した時、それらのトラブル自体を解決しようとします。ですが、これらは先ほどの咳や熱のように、あなたの内側にある本当の問題に気づいてもらうためのシグナルに過ぎません。
そのため外側で起こるトラブル自体をうまく解決できたとしても、皆さんの内側にある本当の問題を無視していたら、すぐに次のトラブルがアラートとして発生してしまいます。嫌なことや苦しいこと、理不尽なことが次々と起こり続けてしまいます。
しかし、それは皆さんへの意地悪として起こっているわけではありません。何かのバチが当たったわけでもありません。それらのお知らせは、全て皆さん自身を救おうとするメッセージです。そのため怖がる必要はありません。人生にはうまくいかない時がどうしてもありますが、物事が思うように進まない、止まって欲しくないのに止まってしまう、このような不都合なことは誰もが体験したことがあるでしょう。ですがそれもまた皆さんを救うための重要なサインだと捉えることができます。
私たちは、物事がスムーズに進んでいる時は、自ら足を止めることはありません。何か困ったことが起きてこそ、ようやく足を止めることができます。つまり物事が止まってしまうのは、不都合なことではありません。そろそろ 1度足を止めて振り返るべきだという知らせです。
そのような時は、この状況を何とかしなければと表面上の解決に走る気持ちを抑えて、まずは一時停止することが大切です。そのままじっと静止するのです。これはお菓子を食べるとか、のんびりすることではありません。何もせず何も解釈せず、その場でただ立ち止まることが必要な時が人生にはあるのです。
そしてあなたの内側からじわじわと湧いてくる不安や恐怖などの感情を、全身で受け止めて感じてあげるのです。私たちは表面的な問題をすぐに解決しようとして自分の内面を無視してしまいます。そして無理に動き続けるからこそ痛い目に合うのです。そのように立ち止まることなく動き続けていれば、最終的には強制ストップがかかってしまいます。病気になったりして見動きが取れなくなってしまうこともあるでしょう。
その状態では不安と安心のシーソーゲームが繰り返されるだけです。望む結果と望まない結果の間を行ったり来たりするだけです。皆さんの中に本当はやりたくもないのに無理をして続けていることはありませんか?もしも無理にしなくてもいいのなら本当はどうしたいのでしょうか?
この世界は不安を抱えながら行動しているあなたを自然体に戻すためにあえて動きをストップさせています。そして先に不安を感じるように促しているのです。不安とはあなたの本音は何ですかと、静かに問いかけてくるサインです。
自分の本音を素直に聞き入れてあげる
私たちの人生は、全てが思い通りに行くわけではありません。本当はやりたいのになかなかできない。逆に本当はやりたくないのにやらなければいけない。このような理想と現実のギャップは誰もが体験していることでしょう。欲しいものがあるのにお金が足りない。恋人が欲しいのにずっと出会いがない。このような不満は人生にはいくらでもあります。
しかし、これらの出来事を私たちは今回は不運だった、仕方がないと言って流してしまいがちです。しかし何度も何度も期待外れなことが繰り返されるのは偶然ではありません。それはあなたの内側にも不自然なところがありますよ、というサインです。
皆さんは、それほど欲しくない時には売っているのに、欲しくなった時に限って売り切れているという体験をしたことがありませんか?実はこうした現象はあなたをがっかりさせるために起こっています。つまりこうした期待外れの出来事を自分自身の内面がリクエストしてしまっています。
普段から自分の本音に耳を傾けていないからこそ無視しないで、いい加減気づいて欲しいと、自分自身の本音が不自然な自分に訴えています。だからこそ欲しいという望みと欲しいものが手に入らないという矛盾した現実がセットで用意されています。
普段から本音でしてみたいことを頭がさせなかったりします。逆に本当はしたくないことを頭が無理にさせていることもあります。このような本音に反した行動を当たり前のように続けていることで、私たちは自分で自分をがっかりさせています。その結果、まるで自分自身から復讐されるかのようにがっかりする出来事が目の前に用意されてしまいます。ではこれを改善するためには一体どうすればいいんでしょうか?
普段から子供のようにやりたいことだけをやって、やりたくないことはやらないという風に徹すれば良いのでしょうか?もちろんそれができる時にはそうすればいいでしょうが、大人になったら常にそうできるわけではありません。大切なのは実際にできるかどうかよりも、本当はどうしたいのかという本音を常に自分自身に聞いておくことです。
それが自分自身との信頼関係につながっていきます。皆さんはこんな風に自分の本音を抑え込んでしまうことはないでしょうか?やりたいけれどどうせできない、どうせ反対される、挑戦したいけれどお金はどうするのか、これ以上惨めな自分を見たくない。これらは全て脳が囁いている声です。
もちろん脳には決して悪意があるわけではありません。過去に失敗したり、間違えたり、恥をかいたりした体験から自分の本音に従うことが怖くなっています。このような脳の囁きに気づいた時には、自分はそう思っているのだなと認識しておくだけで良いんです。
なぜなら脳は、皆さん自身を守りたくて仕方がないからです。そのため、がっかりすることが起こった時は再チャレンジしたり、気分転換をする前に、まずはしっかりとがっかりした感情を受け取ってあげましょう。それだけで期待外れの出来事は起こりにくくなります。そして理想と現実のギャップも少しずつ縮まっていくはずです。
感覚器官からのサインをキャッチする
私たちの心には、感情を感じる機能があります。それと同様に目や耳などの感覚器官にも物事を感じる機能が備わっています。そのため目や耳などに不調が起きた時に違和感が生じるのは、偶然やたまたまではありません。それは感覚器官からの重要なお知らせです。
それぞれの感覚器官は体の一部であり、あなた自身というチームの一員です。それらが本来の役割通りに働かなければ、チーム全体に負担がかかってしまいます。そのため感覚器官に不調が生じた時は、このように捉えてみてください。
例えば目に不調が起きている時、私たちは見たくないものを避け、都合の良いものだけを見ていることがあります。現実を認めたくない、変えたい、逃げたいと思い、理想の自分だけを認め、それ以外はダメだと思ってしまっています。また、肌に不調が現われた時は、触りたくないものを避け、都合の良いものだけに触れている状態です。これは苦手な人やものに関わりたくない、過去の悲しみに触れたくない、思い出したくないという気持ちの現れです。また耳に不調が現れる時は、聞きたくないものを避け、都合の良いものだけを聞いている状態です。人から痛いところを指摘されたくない、自分の本音を聞きたくない状態です。このように必要な情報を無視して、それをキャッチしていないのは、人生を脇見運転しているようなものです。そのため情報をちゃんと受け取って欲しいというサインが、感覚器官の不調として現れます。
それでもまだ嫌なものは見たくない、聞きたくないと言って避け続けているとどうなるでしょうか。そうすると見えにくい、聞き取り辛い、匂いが分からないといった風に、感じる機能そのものが低下してしまいます。目というのは本来必要な情報を見るためにあります。しかし見たいものだけを見て、見たくないものから目をそらし続けていると危険です。そのためきちんと目をそらさずに見ましょうというお知らせが、目の不快感や痛みとして現れます。それでも目を逸らしていると、あなたの見たくもないという望み通り、眼性疲労やドライアイ、白内症という形で実際の症状が現れてしまいます。
私たちは、加齢とともに体の機能が低下していきます。生きていれば病気をしたり、怪我をしたり、体調を崩したこともあるでしょう。ですが、元々感覚器官は今のあなたに必要な情報を伝えるためのものです。痛い、痒い、しびれるなどの症状が出た時は、できるだけ無視せず、それらの感覚に意識を向け、じっくりと寄り添ってあげましょう。一旦立ち止まり、あえて不快感に寄り添ってみることが自分の存在を認めてあげることにつながります。
古いやり方や習慣に固執しない
頭の働きが優位になっている私たちは、このやり方でうまくいったとか、このやり方で嫌なことを回避できたという成功体験に執着してしまいがちです。このビジネスの方法を実践したら商売がうまくいった、無難なことだけをしていたらトラブルに合わずに済んだ、この健康法で効果があった、このような望ましい状態が、ある程度継続していたとしましょう。すると私たちはそこに法則性のようなものを見出して同じパターンを繰り返していきます。
しかし、そのやり方は次第に通用しなくなっていきます。同じやり方が同じ結果を生まなくなってしまいます。世の中には習慣性は歪みになるという原則があります。同じやり方を当たり前のように繰り返しているうちに、本来の目的を見失って、心が伴わない単なる形式になってしまいます。そのような時には焦って別の手段を探さないことが大切になります。
まずは、従来のやり方や結果を横に置いて、本当は自分はどうしたいのかという本音に寄り添ってみましょう。すると別のふさわしいやり方が自然に与えられるはずです。
自分ルールに縛られすぎない
自分を安心させようという目的で、私たちは人生の中でこうしなければいけない、こうしておけば困らないという自分ルールを次々と採用していきます。これは、過去の失敗体験や成功体験、信頼できる人の言葉などから自分を守るための手段として採用してきた信念です。
例えば「働かざるもの食うべからず」「良い人でいれば愛される」「失敗したら2度とチャンスがやってこない」などと信じ込んでいる人はいませんか?あるいは1度決めたことは変更してはいけない、全て自己責任で簡単に人には甘えてはいけないと思い込んでいる人もいるでしょう。
正しいのか間違っているのかはさておき、このようなルールが頭の中にあると、それに合わせて反射的に決断や行動をするようになります。自分ルールに基づいて正しいものや安全なものに反射的に近づき、間違ったものや危険なものを反射的に避けてしまいます。普段から頭に頼りすぎている私たちは、このようなルールに反応して同じ行動を繰り返しています。
しかし、不安だからこうするという自動的な行動は、返ってより不安な状況を招いてしまうことがあります。自分を守るための自分ルールは、次第にただの習慣になってしまいます。その結果、一体何のために生きているのか分からなくなってしまうこともあるでしょう。とはいえ自分ルールが完全にいけないというわけではありません。まずはこんなルールで自分を守っていたと気づいてあげることが大切です。
負の感情を隠さずに認める
納得のいかないことがあった時や嫌なことがあった時、すぐに自分に次のように言い聞かせてしまうことはありません?あの人に比べればまだ自分はましな方、これも不幸中の幸いだといった言い聞かせです。人生は思った通りに行くことばかりではありません。不本意な結果を認めたくない時もありますし、いつまでも不快な感情に浸っていたくない時もあるでしょう。
しかし、頭で解釈をすり替えて自分を納得させてばかりいると、本来感じるはずの負の感情が、未処理のまま自分の内側に残ってしまいます。その結果、嫌な出来事が何度でも繰り返されてしまいます。自分を納得させるための解釈のすり替えには、例えば次のようなものがあります。
- 世の中思い通りに行かないことが普通である
- 私だけではなくみんなそうなのだから我慢しなければいけない
- 文句を言ったらバチが当たる
このように不本意な現実に自分なりの解釈を加えることで頭で自分を納得させてしまいます。すると私たちにとって最も大切な情報である感情が置き去りにされてしまいます。確かに恨みや憎しみなどの感情は不快な感情です。ですがそのような感情をなかったことにしてしまうと、後で感情の感じ直しとして同じような出来事が何度も繰り返し起こってしまいます。起こった出来事の解釈を都合よくすり替えてばかりでは、いつまでも自分自身に嘘をつき続ける人生になってしまうでしょう。
なぜ、この世に解釈をすり替えてしまうのかと言えば、不快感をごまかして結局自分を守るためです。それほど、私たちは辛い現実や感情をすんなりと認めることができないのです。ですが絶対にすり替えをしてはいけませんと言ってるわけではありません。まずはすり替えて いることに自分自身で気づいてあげるとことが大切です。
このように解釈をすり替えなければいけないほど、現状に納得できていないことです。まずは嫌なものは嫌、腹が立つものは腹が立つという素直な感情が自分の中にあることをしっかりと認めてあげましょう。こんな感情を抱いてはいけないということなんて一切ありません。どんなに醜い感情であったとしても、あるものはあるのです。
感情というのは感じる情報のことです。その不快感は目の前の出来事や人物とは、別に過去から溜め込んできたものになります。つまりはあなたの過去を知るための貴重な情報です。否定することなく、そこにあるということを認める必要があるのです。
心が動く仕組み
心が動く仕組みとは次の5段階です。
- 心のもとである意識が生まれる
- 外からの刺激になれる
- 刺激に反応して感情が生まれる
- 感情が高ぶり記憶に刻まれる
- 智慧の反応が継続した状態になる
意識とは心の中のエネルギーのようなもので、意識を上手に使いこなせば生きる意欲ややるぞというモチベーションにもなります。ですが意識の少し厄介なところは、いつも刺激を求め続けていることです。それが満たされなければ不満や失望という感情に終わってしまうこともあります。
そして外からの刺激に触れると刺激に反応して感情が生まれる段階は、ほぼ同じタイミングで発生します。 刺激に触れることで、それに反応して感情が生まれるからです。
その刺激によって生まれた感情が次第に強くなり、衝動や欲求と呼ばれる状態になります。また高ぶった感情は記憶にも残りやすくなります。刺激への反応が継続した状態になる、これは言い換えれば執着です。ブッダはこれを燃える炎に例えていました。意識が一度刺激に反応すると心は別の刺激にも反応してしまいます。
例えば一度怒りで反応すれば別のことにも腹が立ってきたり、誰かを責める理由を考え始めたりするといった具合です。まるで炎のように別の材料を探し出しては、その火を大きくしていきます。
人間の心はこの5段階の心の動きを四六時中繰り返しています。つまりこれが 人間の日常であり、人生とも言えます。この心の炎を燃やし続けていることこそ、私たちの苦しみの元凶ですが、多くの人はそのことには気がつきません。そして自分はついていないとか、不幸だと自分の心ではなく外だけを見て反応しています。
例えば、子供はまだ過去を後悔するほど長く生きていませんし、未来のこともよくわかっていません。目の前のことを、今日を体験するだけで心が十分に満たされます。もしそんな子供のような心を取り戻すことができれば、もう無駄なことを考えることはありません。毎日が新しく体験することを全てが面白く 感じられ、人生もより価値のあるものになります。
そんな心を手に入れるための心の動きを止めるためには、まずは自分の心の動きに気付くことが大切です。そして自分の心の状態を正しく理解するため、苦しみの原因を突き止め、その原因を取り除くことです。その方法がラベリングです。
ラベリングとは言葉で確認することを意味します。例えば歩いている時に私は歩いていると意識する、パソコンで作業を始めるときは作業を始めますと確認するなど、今自分がしていることやろうとしていることを、言葉を使って客観的に確認することです。自分の姿を外から客観的に確認する方法を心にも応用していきましょう。
心に応用する際、使うレベルは3つしかありません。それは妄想、貪欲、怒りです。なぜなら心に浮かぶ思いを反応の種類として分けようとすると、この3つに集約されます。どんな複雑そうに思える悩みでも、結局その悩みを作っているのはこの3つです。
妄想
まずは一つ目の妄想ですが、これを最初に取り上げるのには大きな理由があります。それは人間の悩みの99%は妄想が作っているということです。つまり妄想こそが人間の苦しみを長引かせる最大の原因だと言えます。そもそも妄想とは、何かを脳裏に思い浮かべている状態で、頭の中に映像が浮かんだりで考えたり、過去や未来に思いを馳せるのも形は違えど、全て妄想になります。
ここで洗い流すべきなのは、それ以外のもの、つまり目的につながらない無意味な妄想です。例えば思い出しても不快な気分になるだけの過去を思い出す、悪いことが起こるかもと想像して不安になったり、緊張したりすると言うことです。どちらも考えても仕方のないことです。つまり常に自分の心に目を向け、これはどんな心の状態だろう、これってもしかしたら妄想と自分に問いかけ続けることが心の動きを止める第一歩になります。
貪欲
2つ目は貪欲です。貪欲とは過剰な要求に駆られた心の状態のことを言います。いわゆる期待しすぎ、求めすぎといったことです。そして貪欲は妄想から作り出されています。例えば親の愛情を十分に受けられなかった人は、その過去が作る親から愛されたかったという貪欲に駆られます。またあったらいいなという物欲なども妄想からくる欲求です。
そして貪欲が厄介なのは、決して満足することがないことです。 そのため、ここでも常に自分の心に目を向け、妄想ではと自分に問いかけ続けることが心の動きを止めることにつながります。
怒り
怒りとは迂回を感じている心の状態です。この場合、無理に怒りを抑え込もうとするより、怒りは役に立たないことを知ることが肝心です。また人間の心は 怒りを感じると怒りを正当化する心の動きも生じやすいため注意しましょう。怒りの感情が湧いた時、自分は間違ってない、自分は正しいと思うことは経験上あると思います。こうなると他人を傷つけるだけでなく、自分も不満によって、さらに苦しむことになります。もっと自分の幸せにつながることに専念すべきです。
思想家・中村天風師の言葉
心というものは厳粛に言うと、
生きるために使うので、
使われるために
あるんじゃないんだから、
これ忘れちゃだめだよ
なぜ私たちの心はこんなにも周りの物事に振り回されてしまうのでしょうか。それは必要のない外の物事に、つい反応をしてしまうことです。具体的には、前の人が邪魔でついイラっとしてしまったり、思わずスマホに手が伸びたり、嫌な過去を思い出したりするようなことです。こんな風に全ての物事にいちいち反応していたら心が落ち着くはずもありません。それどころか集中して考えることもできないでしょう。
私たちが1日に反応しているものの中で、そのうち一体どれだけのものが意味のある反応なのでしょう。特に日々たくさんの情報に囲まれている現代では、毎日どれほどの意味のない反応をしてしまっているのか見直す時期に来ているのかもしれません。
心を立て直す方法
人生で不本意な出来事が起きた時、引き起こされる感情の主なものには、後悔、未練、落ち込みがあります。
後悔
後悔には、物事に対する2つの反応が隠れています。一つは起きてしまった出来事への怒りです。どうしてこんなことにという、その出来事が許せないと思う感情がずっと残っています。そしてその怒りが解消されないまま過去を振り返ると、また怒りがこみ上げてきます。またあんなことが起こらなかったら、もっと自分がこうしていたらと、変えられない過去を覆そうとする妄想も生まれてきます。つまり後悔とは、怒りと妄想でできているものと言えます。とすれば怒りを消すか、妄想を消すかすれば、その後悔からは卒業できるということになります。
まず過去に対して怒っても仕方がない、この先自分ができることをやっていくしかないと考えて怒りを手放してください。すると妄想まで和らいでいきます。次にもう過去のことだ今となってはもはや存在しない妄想だと思いましょう。すると記憶も薄れ、その記憶に対する怒りもやがて消えていくはずです。そして最終的に過去を思い出さなくなった、もしくは思い出しても怒りで反応しなくなったという状態になれば、もうその後悔からは卒業しています。
未練
あの時はあれをしたかったな、今からでもできるかなと、ふと過去を思うことはないでしょうか。過去を思う感情というと一つ目の後悔とも似ているように感じられます。では後悔と未練は何が違うのでしょうか。
後悔は、怒りと妄想でできている一方で、未練は怒りではなく、まだ願いが残った状態と言えます。その叶わなかった願いを妄想し、まだ思い続けています。つまり未練は、欲求と妄想で作られていると言えます。同じくここでも妄想を消す必要があります。
過去を妄想しているという自分の心の状態に気づき、妄想していたって始まらないんだと思い直しましょう。ただ未練の場合はこれだけで終わりではありません。未練の場合はまだ自分の願いが叶う可能性を捨てきっていない状態であるため、その願いは今からでも叶えられるものなのか、それとももう叶えるのは無理なことなのか、ここをはっきり答えを出す必要があります。その答えを導く方法が、正しい思考という考え方です。
この正しい思考は、方向性を確かめる方法を考えるという大きく二つの内容に分けることができます。正しい思考に基づいて未練について考える場合、抱えている欲求や願いが方向性に当たります。その方向性に向かうためにはどんな方法なら実現が可能になるのかということを考えます。このような正しい思考を辿らず、あーだったらこうだったらと妄想して不満を持っているだけでは意味のない思考でしかありません。
ですが願いや欲求を叶える方法を考え始めた時点で未来は劇的に変わっていくのではないでしょうか。そしてこのような具体的にできることや、実現可能な方法を考える習慣が身についていけたら、ダラダラと引きずって苦しむことも減っていくはずです。
落ち込み
何かに失敗して気分が落ち込む自信をなくしてしまったと思うことは誰しもあります。動揺とは実は自分が自分をどう判断しているのかということに深く関係しています。人の心には人から認められたいという承認欲があります。その承認欲が日々の中で自分は評価されているんだ、うまくいっているんだという自分に都合のいい判断を作り出しています。
そんな承認欲が作った判断に、時々大きなダメージを与えるものがあります。それが失敗です。すると承認欲が作り上げてきた自身やプライドなどが強ければ強いほど、その分強い反応が生まれてしまいます。自信をなくしてしまった、もう立ち直れないと思うだけでなく。反論したり、逆ギレしてしまう人もいる くらいです。
そもそも承認欲が作り出してきた判断とは現実のものでしょうか。承認欲でできた評価されたい、うまくいっているという期待も判断も、いずれも人の頭の中にしかない妄想です。後悔や未練と同じように、ここでも妄想に反応しているだけだということに気づいてください。
そして、すでに起きてしまった失敗をどう捉えるかが肝心です。失敗した人には2つのコースが用意されています。まず一つ目はそのまま承認欲にしがみついて、妄想つまり自分に都合のいい判断を守り抜こうとする道です。この場合は、こんなはずじゃなかったんだ、自分は本当はできる人間なんだという思いにとらわれて落ち込むだけではなく、絶望感すら感じてしまうかもしれません。失敗の原因も他人にだけ求めているので問題は解決されませんし、自分の成長も望めません。
もう一つの道が正しい思考です。つまり方向性を確認し、今からできる方法を実行に移すことです。そして何ができていれば成功と言えるのかというゴールを設定しましょう。そしてやるべきことに専念することで、気持ちも落ち着いていきます。このようにいざという時は必要以上に自分に執着せず正しい思考を実践することです。
人間関係は腹8分
挨拶と感謝の言葉
職場の人間関係などは深入りをする必要はありませんが、挨拶の基本を抑えておくことで業務を円滑に進めることができます。また感謝の言葉はその人の素直さを表します。それに「ありがとう」と言われて嬉しくない人はいません。
程良い距離を保つ
人間関係は近づきすぎると摩擦も増え、逆に避ければ反感を買ってしまうものです。つかず離れずの距離とはよく言ったもので、それが良いでしょう。妙に初めから慣れ慣れしい人がおり、仲良くなると職場内の派閥に誘われた話とかが良くありますが、それは一種の営業だと思ってうまくかわしましょう。例え嫌われても業務に支障がない範囲なら聞き流すようにしましょう。
また、お茶を濁そうがアタックし続ける人もいますが、初めから自分の話はしすぎないことが大切です。それから連絡先も簡単に交換しないなど、関係が近づいてしまうきっかけを流れに任せて作らないことが大切です。
相手に合わせつつ自分の意見も伝える
基本は聞き役に回って相手の話を聞いてみることが大事で、そうすることで相手を知り、尊重することができます。ここで注意点は相手に媚びないことです。もちろん相手を尊敬するという気持ちも大切であり、自分の立ち位置や実力は人と比べるものではありません。
目の前の人を尊敬して、自分に足りない努力をするのはいいが、媚びて自分を卑下する必要はありません。そのため伝えるべきことがあったら意見も述べ、自分軸がある人は一目置かれるし、結果的に周りの人とも良い関係を気づきやすくなります。
人に期待しすぎない
期待が強すぎる時は距離が近づきすぎていることが多いです。自分の理想像を勝手に当てはめてしまうのが人間であり、逆に人の評価を気にしすぎないことも大事です。特に職場では仕事は評価されますが、もちろん業務上必要な努力をいけません。ここでも忠告や意見を聞き入れる素直さが大切ですが、時にはあることないこと言われ嫌われることもあるでしょう。気にして悩むのではなく自分の人生に集中しましょう。
注意すべき人
人を利用しようとする人
利用とは依存とも言い換えることができ、詰まるところ相手に思い通りに動いてもらおうと策するタイプです。離れようとすると甘えたり、思い通りにならないと感情を爆発させたりします。付き合ってみるとそんなタイプだったってことがあるため、人と距離を近づけるのは慎重になりましょう。
他人が得するのが面白くない人
よく他人の不幸は密の味と言いますが、逆に他人が自分より良い思いをしているとネタみから意地悪をするタイプです。人と比べ自分の不害なさに泣きたくなることもありますが、しかしだからと言って蹴落としてやろうと策するのは人として良くありません。
根掘り葉掘り聞いてくる人
こういう人は噂話を仕入れることに躍起し、時には心配しているふりをしてあれこれ聞いてきます。新しい環境で不安な時に声をかけられると嬉しいものですが、全員が善意で声をかけてくれるとは思わない方が良いでしょう。
うっかり悩みを打ち明けてしまったら、次の日には全員が知っていて、こそこそ噂話をされるのもよくある話です。悩みや弱さを見せられる相手は限られており、それは家族だったり数人の友人だったり、または家族以外でも気持ちを受け止めてくれる人もいるでしょう。
トラブル回避のための対策
対策1つ目は、まずはじっくり人間を観察することです。新しい環境では、まずその場にいる人を観察し、礼節を弁えて付き合いながら情報収集をしましょう。これは噂話をするためではなく、相手やその場の特性を知って尊重して付き合うためです。
直感を大切にする
初対面や初めの内に違和感を感じることがありますが、そんな時は直感で感じたことを大切にすれば良いでしょう。後々トラブルになって初めから変だと思っていたのにというのもよくあるパターンです。
感じた気持ちに蓋をせず、それなりに付き合うことが大事です。とはいえ悪口を言えば自分の悪口を言われるのと同じで嫌ってしまえば嫌われるため、そこは注意が櫃ようです。それにはニュートラルな感じが大事で、それこそ期待しなければ相手を尊重できるし、嫌う必要はありません。
聞かれたことに答える
人は自分主導で喋り出すとあれこれ自分語りをしたくなる生き物であり、色々聞いて欲しいし、人と共有したい気持ちは人として自然です。その場合、関係性ができてれば問題ありませんが、知り合ったばかりの人にうっかり色々と話さないためにも質問に答えるスタイルを意識すると良いでしょう。
借りを作らない
例えばお土産をもらったらお返しするなど簡単なことで、人間関係は腹六分と言いますが、人と関わることで人生の喜びを感じられたりします。その他、人間関係の格言に「沈黙は金なり」「追えば逃げる」「負けるが勝ち、または逃げるが勝ち」「言いたいやつには言わせとけ」「見ざる、聞かざる、言わざる」「何をやっても批判される」「親しい中にも礼儀あり」「やってあげたことは直ぐに忘れて、やってもらったことは一生忘れない」などが挙げられます。
心の健康を保つために忘れる
モヤモヤを忘れる
心の健康を保つために大切なことは、昨日までのモヤモヤを忘れるということです。ああすればよかった、こうすればよかったと、気がつけば過去の出来事に立ち戻り、堂々巡りばかりしてしまいます。
こんなことが起こってしまうのは、他でもなく私たちの心というのは忘れるのが下手くそだからです。心というのは不器用であり、このようなモヤモヤは忘れようとすればするほどどんどん大きくなっていってしまうものです。
そこでどうしても忘れたいのに忘れられないことがある時は、心だけではなくて体の働きにも頼ってほしいです。私たちがモヤモヤしている時、大抵体はうつむき加減で視線も下を向いています。そんな時は一度姿勢を正して、全身のストレッチをしてみましょう。
万歳をするように両腕を上げてを伸ばし、胸を大きく開く、この時吸い込んだ息で胸を膨らませて胸式呼吸をしましょう。一般的に心を落ち着けるためには 腹式呼吸がいいと言われていますが、胸式呼吸では自律神経のうち交感神経が 刺激されるため、気持ちが明るくなりやる気が出てチャレンジ精神が湧いてきます。特に胸式呼ストレッチは朝日を浴びながら行うことがおすすめです。
ネガティブワードを忘れる
どうせ私なんかとかもうダメだと言ったネガティブワードが口癖になってしまっている人はいませんか。人を癒し、勇気づけるのも言葉であるならば、自分や他人を傷つけ貶めるのもまた言葉です。心の健康を維持するためにぜひとも全ての言葉をポジティブワードに言い換えてみましょう。この世界にポジティブワードに言い換えられない言葉は一つもありません。
辛いことがあってもうダメだと追い込まれても、自分には逃げる自由もあれば、立ち向かう自由もある、それを選ぶのは自分だと言い換えてみてください。そのように、まだ選択肢があるということを自覚すれば、もう一度腹をくくり直すことができるはずです。
私たちが発する言葉というのは、私たちの未来を作る言葉でもあります。発する言葉がネガティブな言葉であればネガティブな未来しか待っていません。そんなネガティブな言葉は忘れてしまっても良いのです。日常をポジティブな言葉でいっぱいにすることによって、未来もまたポジティブになっていくのです。
そして世の中では、ポジティブ思考の重要性が強調されています。例えばポジティブ心理学は様々なメリットがポジティブ思考によってもたらされるということを明らかになっています。しかしそうは言ってもポジティブになろうと頭で考えているだけではなかなか難しいというのが現実です。
そこで、まずはポジティブなワードを使いまくることを実践してみてください。ポジティブなワードを使い作っているうちに自然と思考もどんどんポジティブに変わっていけることでしょう。
放っておく力
自分で考えて判断し、行動する。他人のすることや言うこと、必要のない情報や知識を上手に放っておける人こそ現代を軽やかに楽しく生きていける人です。
どうにもならないことや仕方のないこと、終わってしまった過去のことなどを上手に放っておければ、どれだけ毎日が快適に過ごせるようになるでしょうか。
世の中の大半の人はどうにもならないこと、自分ではコントロールできないことにあまりにも無駄にエネルギーを費やしています。例えば他人を変えようと 頑張ってみたり、過去のことを後悔したり、未来のことをくよくよ悩んで心配したりしています。このようなことに大切な心やエネルギーを費やす代わりに、今やっていること、そしてあなたに今できることに全力を傾けるそんな生き方ができれば、あなたの毎日はどれほど変わるでしょうか。自分にとって大切でないこと、どうしようもないことは放っておく、そして自分ができること、目の前のことに集中する、そんな生き方を1日1日と毎日積み重ねていくことができれば確実に幸せへと向かっていくことができるでしょう。
しかし、放っておくという言葉にあまり良いイメージを持たれている人いないと思います。例えば物事を途中で放り投げるとか、やんなきゃいけないことを放置するとか、そういったことをイメージし、無責任のように感じるかも知れません。でも現代では、放っておいた方が良いことがたくさんあり、非常に膨大な情報に晒され、SNSの発達によって人間関係があまりにも複雑になりすぎたりしていて全てにきめ細かく対応するのはもはや不可能と言える時代です。
もっとドライに考える
最近自分のことを全部理解して欲しいと願望の強い人が増えています。例えば家族でさえ100%自分のことを理解してくれるはずだというのも大きな間違いです。家族だって一人一人性格も、好みも、価値観も、考え方もすべて同じではありません。100%分かり合おうとすればするほど、どこかに無理が生じ、逆に不和が生じてしまいます。重要なのは家族といえども違う人間であるとしっかり割り切ること、その上で互いの生き方を尊重し合うことです。
例えば、熟年離婚という言葉がありますが、夫婦は長年連れ添ったからといって理解が深まるものでもありません。夫婦だって完璧に分かり合えなくて当然です。どうしても理解できない部分は無理して合わせようとせず放っておけばよい、それこそが夫婦円満の一番の秘訣です。
また、職場の人間関係もドライでOKです。職場の人間関係に迂闊に深入りしないことが重要です。確かに昔の職場では、濃い人間関係が存在していました。例えば新年の挨拶などの儀礼的な付き合いから運動会や慰安旅行などの行事、お酒を飲みながらのプライベートな部分に踏み込んでの会合などがありました。ですが今の若い人であれば煩わしい人間関係はしんどくて逃げ出したくなります。実際に職場では人のプライベートに立ち入らないことを基本にした方が人間関係は断然うまくいくものです。特に今はドライであることが求められる時代で、関係性を強くしすぎるとパワハラ、モラハラ、セクハラなどのハラスメントが生じないとも限りません。特に職場の人間関係は、極めて特殊な人間関係であり、真っ先に利害関係が発生する関係でもあります。
自分の選択は全て正しい
何かを始める前に、こうすればいいかなとか、ああすればいいかなと一体どの選択肢を選ぶのが正解かななどとずっと悶々と考えている人がいますが、実はそれにはほとんど意味はありません。なぜならば人生はやってみなきゃ分からないことの連続であり、そもそも正解は一つではないからです。
イギリスの詩人のルイスキャロルに次のような言葉があります。「どっちへ行きたいかわからなければ、どっちの道へ行ったって対して違いはない」。
選択肢のどれを選んだとしても大して変わらないし、選んだ選択肢で良い結果が出るように頑張ることがもっとも大事なことです。これをやろうと一度決めたことをどんな風に良い方向に進めていけば良いのかを考えるのみです。
そうしていれば自ずと結果はついてくるでしょう。つまりどれが正解かを最初 から考えるのではなく、選んだことを正解にするように努力する、この考え方は人生全てにおいて非常に重要な考えです。
ご縁に素直に従ってみる
人生に行き詰まりを感じているという人におすすめなのが、ご縁に素直に従うということです。そうすれば心が軽くなり、あなたの人生はうまく回り始めることでしょう。ご縁という言葉は人間関係でよく使われますが、仕事や日々の細々としたことも全てご縁によるものです。私たちはご縁に導かれて行動することで人生うまくいくようにできています。
実際、私たちが誰と出会うのか、どんな仕事に就くのか、人生において何が起こるのかといったことはほぼ全て偶然によって決まると言っても過言ではありません。私たちにコントロールできない部分がたくさんあり、ご縁だと思って素直に従ってみる、こうすることで人生はうまく回り始めるでしょう。
逆に、誰かと何かとうまくいかない場合は、縁がなかったということです。単純に縁がなかっただけだと思ってスパッと諦めることも時には重要な姿勢です。そう考えると心が軽くなり、別にあなたが悪いわけではないし、相手が悪いわけでもない。ただ単に縁がなかったそれだけのことです。逆に、ご縁に逆らって無理やり何かを推し進めたところでうまくはいかないでしょう。
例えば、5年間付き合っていて結婚まで真剣に考えていた彼氏・彼女に突然別れを告げられる。そんな時は背中を追いかけたくなるかもしれません。ですが去る者の背中を追っかけたところで、それが報われたことがあるでしょうか。私たちは他人を変えることができないんです。他人があなたのもとを去るということを考えて決断したわけですから、それを簡単に変えることはできません。一時的に無理やり引き止めたとしても、いずれその人はあなたの元から再び去っていってしまうでしょう。だから縁がなかったと思って見送るしかありません。去るものを追わず、同時に来るもの拒まずという姿勢も重要です。縁というのは意図的にコントロールできるものではなく、言うなれば自然の巡り合わせですから、あれやこれや深く考えず、去るものを追わず同時に来るもの拒まずという姿勢を貫けば良いのです。
心配ごと先取りせず、分からないなら考えない
私たちは毎日たくさんの不安を抱えながら生きています。その多くが将来に対する不安でしょう。しかし不安が生じる根っこには、いくら考えたとしても分かるはずがないことを分かろうとする私たちの欲望があります。その最たるものが未来への漠然とした不安です。至極当たり前のことを言いますが未来は予測不可能なものです。
100%に近い確率で起こると思っていたことが実際は起こらなかったり、逆に120%ありえないと思っていたことが起こったり、どれだけ多くのデータを揃えどんなに時間をかけて精密に考えたとしても未来を完全に予測することはできません。もちろん未来に何か起こりそうな心配事があるのであれば、今打てる手を打っとくべきだとは思います。しかし何が起こるか分からないのであれば、いたずらに未来のことを心配しても意味はありません。未来に対する不安を考えても分からない、答えが出ないのであればもういっそ何も考えないということが重要です。
そして今、目の前にあることに自分の持っているエネルギーの全てを注ぐということが極めて重要な生き方です。多くの人は、未来にこんなことが起こったらどうしようと未来の不安を考えることばかりに大切なエネルギーを使っています。その不安を消す、あるいは薄める唯一の方法は、今目の前のことに集中し、あなた自身で未来を書き換えることです。何か問題が起きた時、その場その場で対処すれば良く、問題が起こってから必死に取り組めば良いのです。
また、あの時あんなことをやってしまったんだろうとか、あの時ああしておけば未来はもっと良いものになっていたに違いない、こんな後悔をしている人がいらっしゃるかと思います。しかし過去のことをいくら後悔しても意味は全く ありません。後悔をやめて、検証するということがお勧めです。これが失敗を生かす一番の方法です。終わってしまったことはもう取り消せません。大事なのは思考の方向を後悔から検証へとシフトすることです。
例えば、失敗したなと思うなら、じゃあ何がまずかったんだろう、何が原因で何が理由で失敗したんだろうと考え、プロセスを見直してみようといったふうに考えた瞬間、失敗した過去は未来に失敗しないための経験値に変わります。
落としどころを見つける
人間関係であれ何であれ、落としどころを見つけるという考え方は重要です。何もかも100人いたら100人、誰一人として同じ人はいません。人によって持っている価値観は大きく異なります。その価値観に良いも悪いもなければ、優劣もありません。お互いに深く尊重し合うべきものです。それなのに自分の価値観こそが正しいとばかりに他人の価値観を認めようとしない人が少なくありません。
例えば、結婚しないのとか、つまらない仕事して人生楽しいの、みたいなことを言ってくる人も困ったことに結構います。そんな人に出会ったら、その人を反面教師にして注意するべきは、自分が人の価値観を否定したり、批判しないことです。自分の価値観とは違ったとしても、他人の価値観をしっかりと尊重し、よく理解することが重要です。相手の価値観を受け入れた上で、自分の価値観と照らし合わせながら落としどころを見つけることが重要です。
誰だって良いところもあるし、悪いところもあります。ある程度の落としどころを見つけなければ人間関係を構築するのは難しいと言わざるを得ません。また人間関係だけでなく物事の全てにある程度の落としどころをつけることも重要でしょう。世の中に完璧なことは何一つなく、完璧に楽しい仕事もないですし、自分の理想としていることが全て実現できる100点 満点の人生だってありません。落としどころを見つけなければ、私たちは永遠に存在しない完璧という亡霊を追い求めて人生を彷徨う羽目になるでしょう。
期待し過ぎない
期待というは大きければ大きいほど、思うような結果が出なかった時のショックは大きくなってしまいます。誰かに期待していた時、これだけ期待してやったのにと相手に不満をぶつけたくもなるでしょう。ですが期待しすぎることにはデメリットしかありません。高すぎる期待は、現実とのギャップを生み出してしまいます。そのギャップによってストレスや不安を抱えることになります。
期待と現実が一致しないと、私たちは大きく失望し、無力感を覚えてしまいます。また期待しすぎるとその期待が実現されない時、失望感が大きくなります。あらかじめ期待度を適切に保つことによって自分自身の心理的な安定を保つことが重要です。
また、期待をしすぎると自分自身や他人に対して、いつも厳しい評価をする傾向にあります。そうなると思うような結果が出なかったり、他人が思うように動いてくれなかった時に、自分や相手を責めてしまうことになります。適度な期待であればパフォーマンスに良い影響を与えますが、過度な期待は心身を強く緊張させるためパフォーマンスに悪影響を及ぼしてしまうことが多くなります。そもそも人生は、期待した通りに物事が運ぶことなどそうそうあるものではないのだから、期待せずに上手くいけばラッキーぐらいに構えていた方が気が楽になります。
夜の決断は放棄する
夜の決断は信用しないことが大事です。夜は疲労が蓄積していたり、どうしても思考がネガティブに偏りがちな時間帯です。夜にした判断や決断というのは大抵ネガティブに偏っていたり、間違っているケースが多いです。判断や決断は、それが大事なものであればあるほど心身のエネルギーがマイナスに傾いている時にやってはいけません。夜は自制心を失う時間帯であり、大切な決断をするのにふさわしい時ではありません。感情をコントロールしにくく、ポジティブで積極的な答えを出しにくい時間帯です。
自然の摂理で、心身の疲れと夜の闇は休憩を促すものです。意思決定疲労という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これは1日の終わりになると意思決定の能力が低下するという概念です。人々が一日中多くの決断を下すと選択するたびに脳はどんどん疲れ、選択の質が徐々に低下することが分かっています。これは意思決定のプロセスが精神的エネルギーを消耗するからであり、例えば研究では、裁判官の決定は午前中に最も厳格に行われ、午後になるにつれて寛大になることが示されています。これは裁判官が意思決定疲労に陥っていることを示唆しています。
よく眠って心身のエネルギーを充電し、夜に何かを決めるという習慣は、そもそもやめましょう。夜は様々な悩み事が頭に浮かんでくるかもしれませんが、とりあえず一旦保留にして、翌朝元気いっぱいの状態でもう1回考えようと思考を切り替えてさっさと寝て下さい。
【本コラムの監修】

・経歴
大学卒業後、美容の世界に入り、セラピストへ。豊富な美容知識や実務経験を活かし、その後、10年間は大手企業内講師として美容部員やエステシャンの育成、サロン店舗運営のサポートを行う。現在は、セラピスト、エステティシャン、美容カウンセラー、鍼灸師の経歴を活かし、お肌とこころと身体のトータルビューティースタイルを提案。表面だけでなく根本からのケアとして、老けない生活についてのコーチングを行う。













